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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 夏コミ(C86)配布ペーパーSS

『熱伝導』 ブログSSより再録

 日が傾いて真っ赤に空が染まっていた。
 遠くで、蜩の鳴く声が聞こえている。
 そこに、波の音が重なって、「ああ、夏なんだな……」とぼんやり思う。
 汗と土埃でベトベトする身体を厭う気も起こらないくらい、何も考えられなかった。
 2人並んで腰掛けた波消しブロック。もっとガキの頃、この隙間に入って小魚を捕ったり、かくれんぼしたり、2人で夜明かししたりしたのを思い出す。
 自分の右手の人差し指と中指が、アイツの左手の中指に触れていることに気づいた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「……っ!」
 けれど、アイツは全然気にしない様子で、西の空、ゆっくりと沈んでいく太陽を見つめている。いつもと同じ、練習の帰りにココに座っているのと、変わりなく……。
 俺は惚けたように、その横顔を見つめていた。
「引っ越すんだ」
 不意に告げられた言葉。言葉の意味に目を瞠った。
 けれど、思考は追いつかない。
「え?」
 小さく問い返したけれど、アイツはやわらかな微笑みを浮かべただけで、大きくて赤い夕日を見つめ続けている。
「夏休みが終わったら、俺はもう、別の学校に行ってる」
「な、んだよ……それ」
 何が起こっているのか、アイツの言っていることが理解できなくて、俺は思わず声を詰まらせた。額から、汗したたっていく。
「お前とも、お別れだ。今日まで……ずっと言い出せなかった」
「……」
 ちらりとも視線を合わせないアイツの横顔を、俺はただじっと見つめ続ける。
「毎日、一緒に走ってたのにな。……意気地なしなんだ、俺」
 苦笑を浮かべた横顔が、何故か泣いているように見えた。
「黙って行こうかとも、思ったんだけど……」
 大きく息を吐いて、アイツがスンと鼻を鳴らす。
 やっぱり、泣いているんだ。
 そう思うと、途端に胸が苦しくなった。
 触れた指先から、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
「辛い思い出……残すのも、なんか、ヤだなって思ってさ……」
 夕日が、アイツの顔を真っ赤に染めていた。キラキラと涙が反射して光っている。
「俺、お前のこと、ずっと忘れない。どこで走っても、どんなレースをしても、お前と見たこの堤防からの景色は、一生覚えてる」
 上擦ったアイツの声に何も応えられないまま、ただ黙って小さく頷いた。
「……だから」
 いつの間にか、蜩の声は聞こえなくなっていた。
 赤く染まった空が、東から群青に埋め尽くされていく。
「俺のこと、お前も忘れんなよ」
 精一杯の強がり。
 俺の顔も、まともに見られないくせに  
「うん、分かった」
 その気持ちに応えたいから、はっきりと強い口調で言ってやった。
「絶対に、忘れない」
 忘れられる,わけがない。
 こんなにも熱い感情を  。
 お前の指先から伝わった、熱情を……。
 何故なら俺も、同じ気持ちだからとは、もう言えなかった。
 それきり2人して黙り込んで、完全に空が夜の闇に包まれてから、その場で別れた。
 何も言わず。
 何も告げず。
 ただ、しっかりと手を握ってから……。
 伝え合った熱は、交わした想いは、もうどこにも解放できない。お互いの中で昇華してしまう他はない。ゆっくり、ゆっくりと、時間に任せて冷ましてゆく他はないのだ。
 この、告げずにいた恋情と一緒に  
                            End
                         四ノ宮 慶 2014.08.16
 
※初出は多分、2009年7月16日。サイト時代のブログ『歩道橋を渡って』より
 書き下ろしじゃなくて本当に申し訳ないです。少しでも楽しんでいただけますように。
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