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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 J庭37*無配ペーパーSS

『すすきの穂影に月揺れる』 ブログSSより再録

 日が暮れると、この季節の京の都は足下から冷えがあがってくるように寒かった。京といっても外れにあたるこの村界隈は畑も多く、さして歳三のよく知った江戸や多摩の村と変わりなく思える。
 京に入って逗留した民家にそのまま居候を決め込み、わずかに良心の呵責を覚えながらも我が物顔で日々を暮らしているのは、今までの自分とは違うのだと、自ら言い聞かせているからかもしれない。
 江戸の商家と造りの違う京の町家はどの家にも中庭があり、この居候している家の中庭を縁側から眺めるのが歳三は気に入っていた。小さな猫の額のような庭だが、家主の趣味嗜好が見え隠れして、小綺麗にまとまっている。
 縁側に横になってだらしなく着物の裾を乱していると、虫の声が聞こえてきて、久し振りに一句詠みたくなるような気分になった。
そのとき。
「人に押しつけておいて、先に帰るのはどうかと思いますけどね」
 ひょろりとした長身を揺らめかせて、弟弟子が顔を見せた。弟弟子といえば聞こえはよいが、剣の腕前は歳三よりも目の前のひょろ長の男の方が上だ。
「用があったんだ、押しつけた訳じゃねぇさ」
 庭を見つめたまま答えると、くすっと笑って足許に腰を下ろすのが見えた。
「縁側に寝そべっているのが、その用ってことですか」
「くだらねぇ嫌みを言ってやがるんじゃねぇよ」
 吐き捨てるように告げると、また笑う。
「原田さんが、月見に行こうってみんなを誘って、先に行ってるんです。勿論、先生も一緒です」
「なんだ、女郎はもう飽きたのか」
 この季節、京の西を流れる桂川の川岸には、ススキが群生して穂を揺らすのだそうだ。先日この屋の主が話していたのを、歳三はぼんやりと思い出した。
「嫌みだなぁ。土方さんがそんなことを言ってたと聞いたら、先生はきっとしょげてしまいますよ」
「あの岩窟顔がどうしょげるのか、拝んでみたいもんだがね」
 師匠でもあり幼馴染みでもある男の顔を思い浮かべ、歳三は唇の端を綻ばせた。
「今宵は十五夜という訳ではないけれど、月が見事でしたよ。今から追えば、すぐに追いつきます」
「京まで来て、月見たあ、呑気なもんだ」
 悪態を吐くつもりはないが、つい、口が滑る。知らず己に焦りがあるのだと覚って、歳三は自分のことながら可笑しくなった。
「鴨先生も一緒かえ?」
 江戸の郭言葉を使って冗談っぽく問うと、弟弟子が可笑しそうに笑いながら首を振った。




「まあ、……たまにはいいかもしれねぇ」
 ゆっくりと起き上がり、腕を天に突き上げて伸びをした。背筋が小さく音を立てて、身体が鈍っているのだと教えてくれる。
「ここのお庭は綺麗だけれど、お月様は見えませんからねぇ」
 先に立ち上がって鴨居をよけながら、弟弟子が呟いた。
「ああ、所詮、箱庭だ」
 のそりと立ち上がり、脇に置いていた刀を手に取る。
「月見に行くにも、お腰に刀なんて、物騒な世の中だなぁ」
 まるで他人事のように漏らす弟弟子の腰にも、黒く光る鞘。
「浅川の河原に行くのとは訳が違う。ここは京の都、天子様のお膝元だ」
「それに、物騒なのは私たちの方でした」
「ま、そういうこった」
 そろそろ素足でいるのが辛くなってきた足許に、草履を引っ掛けて表へ出る。
 見上げた夜空に、ほんの少し欠けた月が浮かんでいた。
「土方さん、今、ご実家のことを思い出していたでしょう」
 先を歩く痩身が振り返って告げる。
 それへ無言で応えて、歳三は月明かりで映し出された自らの影法師を見つめた。
「早く行きましょう。みんな、きっとお待ちかねですよ」
 まるで元服前と変らないような笑顔で、弟弟子が駆け出す。
 その背を見送りながら、歳三はやはり、遠く離れた故郷のことを思っていた。
 浅川の河原に群生したススキ。
 懐かしい人たちの笑顔、武蔵野の山々。
 まるで遠い、夢物語のようだ。
「土方さん、早く!」
 振り返って手を振る、弟弟子の周りに、すすきの穂が揺れているように見えて、ハッとする。
 見上げた月は、あの頃と何も変わらない。
 きっと遠い故郷の河原でも、同じようにすすきの穂影に揺れているのだろうと、歳三は思った。

                             End
多分、鴨先生暗殺間近の頃。
久し振り過ぎて、年表忘れてるから、ちょっと時期的に妖しいかも。
                  四ノ宮 慶 2014.08.16※初出2009年10月9日
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