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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 コミティア116配布ペーパーSS

『夜叉と太陽』「夜叉と羅刹」番外SS

 自分の足許がぬかるんでいると感じるようになったのは、いつ頃だったろうか?
 鉄二は鉄錆の臭いが充満する和室で、煤けたような天井に目を凝らしながらぼんやりと思った。血が乾いてシーツの端がカピカピになり、硬く変質しているのが、触れた指先から伝わってくる。
 傍らでは、肩に幾筋もの傷を負った杜若が、ぷかりぷかりと煙草を燻らせていた。おそらく、鉄二が目を覚ましたことに気づいていない。
 関東闘神会田渡組の若頭となって、すでに二年の月日が過ぎていた。
 木根商会を解散してカタギの身となった杜若と、以前と変わらず自社ビルの上で暮らしているが、鉄二の身辺はめまぐるしく変化している。
 若くして田渡組のナンバー2の地位を手に入れた鉄二は、傘下の組織だけでなく、敵対する組織にまでその名を知られつつあった。
「……一鬼さん」
 無惨に切り刻まれた青海波に舞う桜吹雪を視界の端に認めつつ、暗い天井に立ち上る紫煙を眺める。
「なんだ、起きてたのか? 疲れてんだから、しっかり寝ろ」
 田渡組若頭となって多忙な日々を過ごす鉄二だったが、どんなに遅くなっても夜には杜若と暮らすこのビルに帰ると決めていた。
「……あんな程度じゃ、眠れませんよ」
 今宵、鉄二は帰宅するなり、杜若にセックスを強請った。もう、二週間以上ご無沙汰で、これ以上、杜若の肌に触れずに過ごすことになったら、きっと気が狂っていたに違いない。
 黒いシャツを切り刻み、折り目の消えかけたスラックスの膝に跨がって、噛みつくようなキスをした。そして、欲望のままにナイフを振るって杜若の下肢を暴き、健気に勃起して鉄二に応える分身を、解すどころか濡らしもしない後孔へ迎え入れた。
 皮膚を裂くような痛みに、鉄二は己の存在をようやく自覚することができる。
 やがて痛みは鮮烈な快感へとすり替わっていった。
 自ら腰を振り、杜若の肩を切りつけ、呆気なく絶頂を迎えた直後、鉄二は津波のような睡魔に襲われ、「あ」と思う間もなく意識を手放したのだ。
「それに、一鬼さんは終わってませんでしたよね?」
 自分だけ早々に果てた揚句、寝落ちてしまったことを少なからず申し訳なく思って杜若に行為を促す。
「んな気遣い、必要ねぇよ」
 鉄錆の臭いをまとって、杜若が笑みを浮かべた。
 眩いばかりの、まるで子供みたいな笑顔だ。
 ——あれから随分経つのに、変わらないな。
 鉄二が魅入られた真夏の太陽みたいな、笑顔。
「何見てんだ、鉄?」
 知らず、目を細めて杜若の笑顔に見入っていたことに気づかされる。
「別に」
 何故だか分からないが、鉄二は急に強い羞恥を覚えた。
 顔が熱くなり、胸が早鐘を打つ。
「おい、鉄。別にって顔じゃねぇだろ? おかしなヤツだな、何赤くなってんだ?」
 そっぽを向いた鉄二の肩に大きくて分厚い掌がのせられた。そして、彫りの深い顔が近づく。
「そんな顔、今まで見せたことねぇくせに。……何、照れてやがる」
 杜若はどこか楽しげだ。笑い皺の刻まれた表情は、どこか意地悪っぽくも映った。
「一鬼さんこそ、脂下がった下品な顔になってますよ。せっかくの男前が勿体ない」
「お! 男前だとか言ってくれんの、はじめてじゃねぇか?」
「……あ」
 思わず口が滑ったと思っても、後の祭り。
「お前みたいなキレイな顔したヤツに、そう言われると悪い気はしねぇな」
 杜若がいよいよだらしのない笑みを浮かべ、鉄二の右頬に残る傷痕に唇を寄せる。
「一鬼さ……」
「もう黙れ。あんまりカワイイこと言われると、手許が狂う。お前みたいに器用じゃねぇんだよ、オッサンだしな」
 杜若の手には、いつの間にかメスが握られていた。
「欲しいんだろ、鉄? 俺もだ」
 笑みが消え、夜叉が舌舐めずりをする。
「ええ、欲しい、です」
「そういう正直なところ、ガキの頃から変わってねぇ」
 蛍光灯の明かりを反射して、メスの刃が妖しく光る。
 これから与えられる苦痛と快感を期待して、鉄二は知らず、喉を鳴らした。

                   end 四ノ宮 慶 2016.05.05 書き下ろし
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