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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 J*GARDEN35 帰っちゃうのポスターSS

11/4J庭ポスター

『編集者と依存症の彼』
 いつか後世に残る作家を育てあげる  
 それが僕の夢だった。
 子供の頃から本を読むのが大好きで、父親の書棚をあさっては様々な本を読んで大きくなった。
 この人はどうやってこんなお話を考えついたのだろうとか、この人は主人公にどんな想いを抱いていたのだろうとか、作品の内容よりも作者の心情が気になり出したのは高校受験を控えた頃。
 本を作る仕事に就きたい  という漠然とした将来の夢を、いつしか抱くようになっていた。
 その頃には、作家がひとりで作品を生み出している訳じゃないと知り、僕は編集者という仕事に興味をもつようになっていて、大学を選んだ理由も近くに出版社が多いからという立地がメインだった。
 大学の四年間は図書館や先生方の書棚を多いに有効活用し、それこそ『本の虫』とあだ名されるくらい読書に耽った。
 バイトは当然、出版社だ。雑用からはじまり編集者の真似事のような仕事まで、とてもいい経験をさせてもらったと思う。
 残念ながら僕にはクリエイターとしての才能がなかったけど、こんな形でも本を作ることに携われるのだと、心の底から天職じゃないかと思った。
 そうして、大学卒業と同時に、僕はバイト先であった湯田書房という小さな出版社に就職したのだ。
 大手出版社を受けることも考えたけれど、湯田書房は数年間バイトさせてもらっただけあって愛着もあったし、何より社風が気に入っていた。
 既存作家でも他社では発表できないと没になった作品を出したり、原石探しみたいに無名の作家の本を手がけたりというところが、僕の肌に合っているように思ったのだ。
 決して、この就職難の中、楽をしようと思った訳じゃない。
 お陰様で入社試験のようなものもなく、僕は晴れて湯田書房の社員となった。
 小さな出版社だけあって、新人のウチから作家の担当を任される。
 僕が最初に担当したのは、所謂ベテラン作家の大先生で、ベストセラーも多数生み出してきた人だった。湯田書房では別のペンネームでまったく作風の違うものを書いていた。
 編集としてのノウハウは、その大先生に叩き込まれたと言っていいだろう。
 そうやって何人かの先生や新人さんを担当するうち、僕は先輩が担当した一冊の詩集に出会った。
 編集長の知り合いの息子さんが出したという詩集は、僕たちが驚くほど世間で評判になり、あっという間にベストセラーとなったのだ。
 詩集のタイトルは『詩がうまれるとき』。
 作者は、宮脇蒼。
 まったくの新人で、プロフィールも一切明かされず、謎に秘められた詩人・宮脇蒼。
 謎が憶測を呼び、さらに謎を深めるといった形で、宮脇蒼はテレビやネットで謎の天才詩人としてもてはやされるようになった。
 詩集の一大ブームを巻き起こした処女詩集は再版に再版を重ね、当然、第二詩集を  と社内でも大いに盛り上がったのだが、宮脇蒼を担当している先輩と編集長だけが、浮かない表情をしていた。
「いろいろとね、難しい先生なのよ。宮脇蒼って……。私じゃダメだって言われちゃって、新しい担当を誰にしようかって話していたところ」
 社内でも敏腕でとおっている先輩の塞ぎ込んだ様子に、僕は思わず言ってしまったのだ。
「だったら……だったら宮脇蒼の担当、僕にやらせてもらえませんか!」
 宮脇蒼の詩を読んだとき、僕は今までに経験したことのない感動を味わった。
 今まで担当してきた作家たちにもそれぞれ想いはある。
 だけど、宮脇蒼だけは、まったく次元が違っていたんだ。
 宮脇蒼の詩は、僕にとって希望の星  まさにそのものだった。
 思い出すたびに、全身に鳥肌が立つ。
 分かりやすい言葉選びで、心地よいリズムを感じさせる詩は、僕の胸に染みいるように響いた。
 その宮脇蒼に、あの心に直接響くような詩に、自分が携わることができるなんて……。
 夢のようだった。
 夢が叶うと思った。
 宮脇蒼の詩をこの世に、世界中に知らしめるためなら、なんだってすると心に誓った。
 僕にとって、宮脇蒼は……夢を叶える星そのものに思えた。

 そうして、五月晴れの日曜日。
 僕ははじめて、宮脇蒼に会った    

             

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