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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 C83配布ペーパーSS『ジンジャーシロップ』

『ジンジャーシロップ』サイト掲載『地獄の天使』より

「……はあ」
 適温に調整された戸塚の寝室で、俊哉はベッドに転がったまま溜息を吐いた。隣に戸塚の姿はない。遮光カーテンの隙間から差し込むぬるい冬の日差しに、俊哉はぼんやりと目を細める。
「もう、昼か……」
 全身が気怠い。下腹には鈍い痛みが残っており、下肢は重しでもぶら下がっているかのようにずしりと感じる。そして、尻の狭間には、今も何か咥え込んでいるような異物感。
 昨夜——いや、今朝方まで、俊哉は散々に戸塚に身体を嬲られ続けたのだ。
 大晦日を明日に控え、浪雪は目の回るような忙しさだというのに、戸塚は日付が変わる頃になって俊哉をベッドに引き込んだ。それはもう、有無を言わせぬ乱暴な誘い方だったが、久々の戸塚の肌に俊哉も一瞬で理性をかなぐり捨てたのだから、戸塚ばかりを責められはしない。
 何故なら、抱き合うのは実にひと月ぶりで、その空白を作ったのが自分だという自覚が俊哉にあったからだ。先月末頃から約ひと月の間、俊哉は幼い頃を過ごした福祉施設にボランティアとして出掛けていた。懐かしい幼馴染みたちとともに、子供たちと過ごした時間は俊哉にはひどく眩しく、そしてかつてないほどの充実感を与えてくれたものだ。
 それでも、後ろ髪引かれつつも、戸塚のもとに戻ってくれば、やはりその腕や肌のぬくもり、そして圧倒的な存在感で俊哉を穿つ熱が欲しくなる。
 ましてや、口数の少ない戸塚から強引に求められれば、自分ばかりが欲しがっているのではないという歓びに箍を外してしまっても仕方がないと思う。
「それにしたってさ……」
 いつの間にか取り替えられていた新しいシーツに頬ずりしながら、俊哉はまた溜息を吐いた。ベッドに自分が横たわっているのに、戸塚がどうやってシーツやブランケットを取り替えたのかと、いろいろ想像を巡らせる。
 だが、結局俊哉の脳裏に浮かぶのは、昨夜のあられもない自分の痴態ばかりだった。
 セックスは、好きだ。
 他人と触れ合うあたたかさや、生きている長い時間の中でもっとも無防備でみっともない姿を曝け出す瞬間、俊哉はえも言えぬ幸福感を覚える。
 その相手が、唯一無二——この人生でたったひとりと思える戸塚なら、尚更その充実度は膨れあがる。
 身体の一番深いところで繋がり合う行為こそ、愛という形のないものを存分に確かめられる行為だと、俊哉は信じて疑わない。
 勿論、この世の中に『愛のないセックス』が存在することは俊哉も承知している。俊哉自身が、愛してもいない相手とのセックスを何度も繰り返してきたのだから……。
 だが、俊哉は思う。
 愛はなくても、二人の人間が身体を重ねるとき、そこには何かしらの感情が存在する。
 それは決してあたたかくてやわらかな、幸福な感情ばかりではないだろう。
 憎しみや恐怖、孤独に喘ぐ叫びや、一方的な行為の押しつけや、義理人情。義務で交わすセックスにだって、当事者の胸には必ず何らかの感情が存在する。
 だから、俊哉は思うのだ。セックスは、たとえ心が交わることはなくても、身体を繋ぐことで心を震わせる行為だと——。愛が深まるセックスもあれば、憎悪を生み出すセックスもある。
 決して辛く悲しいセックスがいいなどとは思わないが、そこには必ず人の心の揺れが存在する。その心の揺れ、感情の叫びこそが、セックスという行為の意味じゃないかと、俊哉はぼんやりと考えたりするのだ。
「ま、俺もよく分かんないんだけどさ」
 苦笑して自嘲の呟きを漏らしたとき、俊哉の鼻腔を馴染みの煙草の匂いがくすぐった。
「いつまでそうやっているつもりだ? さっさとシャワーを浴びて飯を食え」
 きっちりとスーツを着て煙草を咥えた戸塚が、眉間に深い皺を刻んで部屋の入口に立っていた。昨夜溢れんほどの色香をたたえていた顔には、俊哉へ対する苛立ちが滲んでいる。
「あんたのせいで全身ミシミシ言ってて、起きられないんだよ」
 寝返りを打って拗ねた笑顔で上目遣いに見つめると、戸塚は紫煙を一緒に盛大な溜息を吐き出した。
「お前がハマっているジンジャーシロップ、キイチが届けてくれたと言っても?」
「え?」
 戸塚はすぐに背を向けて、階下へ降りていってしまう。俊哉はベッドから慌てて飛び降りて、全裸で戸塚の後を追った。
「待てよ、諒! キイチさんがって……」
 甘くてピリッと辛いジンジャーシロップ。まるで仏頂面ばかりの恋人のようで、俊哉は秋口からすっかりハマっていた。戸塚に話したことはなかったが、冷蔵庫の瓶を認めて察してくれたのだろう。キイチが『届けてくれた』のではなく『届けさせた』に違いないと、俊哉は肌を刺す冷気も気にならないくらい、嬉しくてはしゃぎ出したくなる。
「諒、シャワー浴びるから、バゲット焼いて紅茶淹れておいてくれよっ!」
 バスルームへ駆け込んだ俊哉の脳裏には、苦虫を噛み潰したような戸塚の表情が浮かんでいた。
                 end 四ノ宮 慶 2012.12.30



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