Welcome to my blog

この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 夏コミ(C82)配布ペーパーSS

夏コミ配布SSペーパー『形代の恋』番外編SS

 閉店時間後、響が遅くまで店に残ることは少なくない。オーナーである鈴木を見送った後、売り上げの整理をして火元や戸締まりの確認をしてから帰宅する。
「……ああ、まだ起きてたんですか?」
 店の裏口から表通りへの路地を歩きながら、響は携帯電話を耳に当てた。年齢不詳と称される美しい横顔には、彼が普段浮かべている微笑とは明らかに違う種類の笑みが浮かんでいる。
「すごいタイミングですね。まるで店から出るのを見ていたようだ」
 穏やかな曲線を描く唇から、楽しげな声が零れる。
「そうです。今から帰るところです。……え、いいんですか?」
 歩みはそのままで、響の唇が、ふと不満げに歪んだ。
 客からのすすめで何杯かグラスを空けていて、愛車は店で契約している駐車場に停めたままだが、響は大通りに出てもタクシーを拾おうとはしなかった。
「どうしたんですか、珍しいですね。この時期はいつも忙しいって言って、部屋にあげてくれたことなんかないのに」
 ふわりとした穏やかな微笑みが、ゆっくりと淫靡で艶めいたものへと変化していくのを、電話の相手はきっと知りもしないのだろう。響の横顔には、明らかに劣情が浮かんでいた。
「忙し過ぎて、癒しが欲しいんですか?」
 意地悪く言いながら、響は甲州街道と交わる交差点の手前で足を止めた。
「あなたの許しがないと、私はどうにもできないんです」
 囁きかけるように、掠れた声を手にした機会にそそぐ。
「私がどうしたいかよりも、あなたがどうしたいか  そうじゃないと、困ると言ったのは……そっちでしょう?」
 夏の日の出は早い。新宿のビル街の向こう、東の空はすでに白み始めていた。
「言ってください。どうしたいのか」
 深夜……というよりも、明け方近くと言った方がいいのかもしれない。そんな時間でも、通りには多くの人が行き交い、車が絶えることなく走っていた。
「私にどうして欲しいのか、言ってください」
 言葉だけは恭しげな態度を滲ませつつも、響の表情には余裕の笑みが浮かんでいる。
「私がいつだってあなたに会いたくて堪らないのは、言わなくても分かっているでしょう?」
 信号が青に変わっても、響は立ち止まったまま。
『……っ』
 響の鼓膜を、小さな溜息が震わせた。
「お願いだから、私を困らせないでください」
 薄く苦笑を浮かべ、響は足許のアスファルトを爪先で蹴った。
「あなたは、本当に狡い……」
 口許には、笑みが浮かんだまま。それでも、唇から零れる声には、切なげな色が滲んでいる。
「主導権はあなたが握っている。そして、あなたはいつもこうやって私を追い詰めるんだ」
『響……』
 再び、鼓膜を震わせた囁き声に、響はうっとりと瞼を閉じた。
「今、甲州街道にいるんです。タクシーを拾うのに、横断歩道を渡るか、渡らないか……」
 響が立つ場所でタクシーに乗り込むと、自宅マンションとは逆方向へ向かうことになる。
「あなたが決めてください」
 そう言って、響はゆっくりと瞼を開く。美しい双眸には、確信めいた強い光が宿っていた。
「私には、決定権がない」
 強く告げながら、響は思っていた。
 相手を狡いと詰りながら、誰よりも狡猾なのは自分だ  と。
 相手の……愛しい人のいいなりになるフリをして、すべてを相手に委ねた気にさせて、結局は自分の思うように相手を追い詰めるのだ。
 自分は被害者なのだという顔をしてみせながら、その癖、責任のすべてと苦しみを全部、恋人へ押しつける。
「お願いです」
 口を噤んでしまった恋人に向かって、響は尚も言い募った。
「愛しているなら、私をあなたの部屋へ呼んでください」
 こう言えば、恋人が渋々といった体を装って、譲ってくれると響は知っている。
「あなたを愛してるんだ。会いたくて……堪らない。けれど  」
 響は南西の空に浮かぶ白い月を見上げて言った。
「今、あなたに私が必要ないのなら、このまま帰るしかない」
 電話の向こうで、息を呑む気配がした。
 響は小さくほくそ笑む。
 浮かんだ冷笑に、隣で信号待ちしていたホステスが目を瞠った。
 だが響には、女の存在は無に等しい。
『……会いたい』
「……嬉しいです。すぐに行きますから、待っていてください」
 言って、響は左手を高々と掲げ、タクシーを停めたのだった。


                     end 四ノ宮 慶 2012.8.12

スポンサーサイト