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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 J庭34*ペーパーラリーSS『玩具の恋スペシャルSS』

J*GARDEN34のひな祭り企画のペーパーラリー参加用に書き下ろした、『玩具の恋』のショートストーリーです。同人誌の『最期の戀』数年後の設定です。


 桜の花はまだ咲かない。梅がようやく盛りを迎えたばかりだ。
 庭の大きな桜の樹はその蕾を徐々に膨らませ、今か今かと春を待ち詫びている。
「圭吾」
 庭に面した縁側に腰かけ、柴犬のサクラにボールを投げて遊んでいた草加は、奥の和室で昨日買った本を読み耽る恋人の名を呼んだ。
 しかし、いくら待っても返事は返ってこない。
「おい」
 大きく腕を振ってボールを庭の隅へ向かって投げると、サクラは尻尾を大きく振って跳ねていく。
 草加は肩越しに振り返ると、返事をしない圭吾を睨みつけた。
「圭吾?」
 だが、草加に背を向けた格好で畳に横になった圭吾は、呼びかけに応える気配はない。
「ワンッ」
 ボールを咥えて戻ったサクラが、胡座をかいた草加の膝に前足を載せ、もっと投げろと期待に満ちた瞳を向ける。
「サクラ、少し待ってろ」
 低く告げると、サクラは少し悲しげな目をしたが、素直に草加の言葉に従った。きゅっと巻いた尾が力なく垂れるのに、草加はわずかに胸を痛める。
 しかし、今はボール遊びよりも、呼んでも返事をしないどころか、横たわったまま身動きしない恋人の方が気になった。
「おい、寝るんだったら、寝室にいって寝ろ」
 立ち上がり、薄暗い部屋に入って告げたが、やはり圭吾は黙ったまま。
 そばに寄って顔を覗き込むと、思ったとおり、圭吾は読みかけの本を手にしたまま居眠りしていた。
 久し振りに何も予定のない週末。二人でのんびりと家で過ごそうと提案したのは草加だった。圭吾もあっさりと賛同して、土曜の今日は朝から一歩も家から出ていない。
「サクラの散歩は、どうするつもりなんだ」
 いくら引き蘢ろうと決めた所で、育ち盛り遊び盛りのサクラの散歩に行かない訳にはいかない。それに、もうすぐ昼時だというのに、昼食をどうするかも決めていなかった。
 草加は畳に膝をつき、気持ちよさそうに寝息を立てる恋人の寝顔を注視した。もうすっかり大人になって、仕事でも責任ある立場を任されるようになったといっても、こうして見る圭吾の寝顔は、まだどこか出会った当時の幼さを宿しているように思う。
 垂れ目がちの大きな瞳を覆う睫毛は、相変わらず密生していて、それが圭吾の顔立ちに華やかさを添えている。歳を重ねるごとに男らしい表情を覗かせるようになったが、それでも圭吾は、出会った当時と変わらない少年のような初々しさを、今も草加に見せつける。
「お前、俺のいない所で、こんな無防備な寝顔晒すんじゃないぞ」
 独り言のように囁くと、まるで返事でもするかのように、圭吾の閉じた瞼が小さく震えた。
「ふん」
 小さな不満と、身を焦がすような愛しさが胸に溢れる。
 安らかな寝息を立てる恋人の頬を、草加は深爪の指先でツンと突く。
「おい、起きろ」
 強く言うと、圭吾が身じろぎして声を漏らした。
「……う、んっ」
 大きな瞳が瞬きを繰り返す。圭吾はのたのたと身体を起こし、目の前にいる草加の顔を驚いた様子で見つめた。
「あ、れ? 草加……さん?」
 少し掠れた声に苦笑を浮かべ、草加は言った。
「サクラの散歩がてら、昼飯の買い出しにいくぞ」
 ぶっきらぼうに言って、草加はさっさと背を向ける。庭ではサクラが草加の声に反応し、玄関の方へ駆けていった。
「ちょ……、待ってよ、草加さんっ」
 圭吾の慌てた声に、草加は自然と口許を綻ばせた。
 桜の開花は、まだ少し待たねばならない。
 だがそれも、幸せな日々に違いないと、草加は思った    



初出 2013.3.3
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