Welcome to my blog

この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 J*GARDEN32配布SSペーパー

J*GARDEN 32『玩具の恋*形代の恋』番外編SS

 「お久し振りです。もう来ていただけないかと、思っていました」
 十年の年月を経てなお、秀麗な美貌をたもつ長身のバーテンダーの言葉に、草加は無言のまま頷いた。常連だった頃と同じカウンターの端のスツールに腰掛け、煙草とライターを取り出す。軽く紫煙を吐き出したところで、目の前におしぼりと灰皿が差し出された。
「いつもので、よろしいですか?」
 響  というこの店のマネージャーが、以前と同じように問いかける。まるでつい数日前にも来店したかのようなさりげなさに、草加は胸の中で感嘆の溜息を零す。
 圭吾と出会った懐かしい店『Ragtime』は、あの頃と変わらない佇まいで草加を迎えてくれた。まるで当時に戻ったかのような錯覚に、思わず口許が綻ぶ。
 草加はこの店の雰囲気やカクテルの味、そしてBGMのジャズの選曲が気に入って常連となった。自分のペースでゆっくりと美味い酒を楽しみながら、それなりに上質な遊び相手を見つけられるのも、足繁く通った理由のひとつだった。
「いらっしゃいませ、草加さん。お待たせしました」
 ドライマティーニのグラスを差し出しながらそう言ったのは、響ではなくオーナーの鈴木だった。いまやRagtimeのマスターとしてではなく、圭吾の友人のパートナーとしての付き合いの方が多くなった鈴木に、草加はどういう顔をすればいいのか少し戸惑った。
「圭吾クンからは、何か連絡がありましたか?」
 平日の早い時間ということもあってか、店内には客もまばらで、鈴木は草加の前に立って話し始める。
「いえ……とくには、ありませんよ」
 視線を伏せながら答えて、草加はちびりとショートグラスに口をつけた。ベルモットの香りの中にかすかに漂うレモンの爽やかさに、やはりこの店のマティーニが一番だと再確認する。
「そうですか。こちらも、出掛けたきりなんの連絡もありません。よっぽど楽しいんでしょう」
 鈴木は肩を竦めて苦笑を浮かべた。
 今日から2泊3日の予定で、圭吾は友人のガクと2人で北海道旅行に出掛けている。偶然に休みのとれるタイミングが合い、2人は互いの年上の恋人たちにろくな相談もなしに旅行を決めてしまったのだ。
「まったく……旅行に行きたいだなんて、一度だって口にしたことがないくせに……」
 プライベートでも付き合うようになったせいか、鈴木は砕けた口調で愚痴を口にした。今までなら決して客の前で見せたことのない姿に、さすがに草加も驚きを隠せない。
 そんな草加の心情を察したのか、鈴木は苦笑を浮かべたまま続けて小声で言った。
「お恥ずかしい話ですが、実はガクと旅行なんて行ったことがないんです。私がこういう仕事というのもありますが、アレは我儘なくせに変なところで気を遣うんですよ」
「そうなんですか……」
 煙草を灰皿に押しつけながら、草加は少し意外に思っていた。鈴木とガクの2人を見ていると、その辺の長年連れ添った夫婦よりも充実した歳月を送ってきたように見えていたからだ。
「まあ、私が妙な意地もあってアレと距離をおきたがった時期があったものですから、警戒しているのかもしれません」
「分かります。……十年経っても、話を切り出すタイミングが分からなかったりしますから」
 グラスの中でオリーブが転がるのを見つめつつ、草加は一気に透明な液体を喉に流し込んだ。
「ですよねぇ……。それでなくてもひと回り近く歳の差があると、いろいろ価値観が違ったりしますから」
 相槌を打って、鈴木は2杯目のマティーニを作り始めた。
「マスターでも、そう思いますか」
 何も言わずとも客の様子からタイミングを見計らって、気の利いた先回りをするこの男が、年下の恋人に振り回される姿が草加には想像できない。
「だいたい、年下っての無意識に年上に甘えますでしょう? あ、いえ、圭吾くんがそうだという訳じゃないんです。ですが、ウチのアレは私には何を言ってもいいと、そう思っている節があるんです」
 草加の前に新しいグラスが差し出される。なみなみと注がれた液体が揺れる様子が、草加の目には鈴木の心情を表わしているように思えた。
「いえ、うちも同じようなものです。……と、いいますか、私も圭吾に何か言われると、言い返せないといいますか、つい、何でも叶えてやりたいと……思ってしまうというか……」
 言いながら、草加はふと「何をみっともない話をしているんだ?」と思った。今まで誰にも打ち明けたことのない、圭吾への不満。それをまさか、こんなところで話すことになるとは思ってもいなかった。
「分かります。私もなんですよ……。なんというか、憎らしいし腹も立つんですが、最後の最後でどうしても甘くなってしまう自分がいるんですよ」
 鈴木はわずかに身を乗り出すようにして、草加にウンウンと頷いてみせた。
「何をくだらない話をしているんですか、2人して」
 不意に、妙に冷めた声がして、草加は鈴木とともに声の主へと視線を向けた。
「惚れた弱みってやつでしょう? いい大人がみっともない。惚れてるんだったら、グチグチ言わないで存分に甘やかしてあげればいいんです」
 切れ長の瞳をキッと光らせて、響はきっぱりとそう言った。
「マスター、サボってないで仕事してください。あ、草加さんはどうぞごゆっくり」
 響のまったく悪びれない態度に、草加も鈴木も唖然とするばかりで何も言い返せなかった。
「ちなみに、ガクと圭吾くんからそれぞれ写真つきでメール届いてます。今夜はジンギスカンの食べ放題だそうですよ」
 にっこりと極上の笑みを浮かべると、響はくるりと2人に背を向けた。
「「なっ    ?!」」
 アラフォー男2人は、ただ愕然とするばかりだった。
               end 四ノ宮 慶 2012.04.01

スポンサーサイト