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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 『秋の風景』J*GADRN31 帰っちゃうのポスターSS

2011年10月9日のJ*GARDEN31で『帰っちゃうのポスター』企画用に書いたSSです。

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『秋の風景』(『玩具の恋』番外編SS)

 南向きの窓から差し込む日差しも、随分とやわらかくなった。
 ずっとマンション暮らしで洋間に慣れた草加にとって、和室に文机という新しい書斎にはまだ少し違和感を覚える。
 それでも、青畳の匂いや座椅子に腰掛ける感覚には、どこか懐かしさを覚えずにいられなかった。
 身体に流れるいにしえからの血が、そうさせるのかもしれない。
 ただ、どんなに和の暮らしに馴染んだとしても、煙草を煙管に換えるつもりはなかったし、祖父の形見のライターを手放すつもりもなかった。
 草加は眼鏡を外すと、コトリと机の上に置いた。
 そうして右手で目頭をギュッと押さえ、数時間酷使を続けた眼にマッサージを与える。
 秋の日の、週末の昼下がり。
 自宅に持ち帰った仕事は、ほぼ片付いた。
 知らず、深いため息が口許から零れる。
「圭吾」
 居間にいるはずの恋人を、少し声を高くして呼ぶ。
 コーヒーのお分かりを淹れてくれと頼むつもりが、返事がない。
「おい、圭吾」
 草加は座椅子の肘掛けに体重を預け、部屋の入口を振り返るようにして叫んだ。
 それなりに広さのある住居といっても、今は戸襖と廊下を隔てた向かいにあり、居間の襖や障子は開け放っているはずだ。
 それに、以前暮らしていた住宅街と違って、この辺りは交通量も少なく、隣家とも庭を挟んで距離とプライバシーが保たれている。
 街の喧騒に邪魔されることなどまずある訳がなく、少し大きな声をあげれば、家のどこにいたとしても、その声は届くはずだった。
「圭吾、どうかしたのか?」
 今度は肘掛けから身を乗り出すようにして呼ぶ。
 だが、それでも年の離れた恋人の返事はなかった。
「まったく、これだから……」
 すっかり口癖となってしまった言葉に、恋人を責める意図はない。ただ何か思うようにいかなかったり、想定外のことがあると、この言葉が勝手に口を突いて出るようになってしまっていた。
 これが口癖だと気付いたのは、この家に越してきてすぐ、恋人に指摘されたからだった。それまで草加は、微塵も自分に口癖があるなどと思っていなかったのだ。
 渋々といった表情を浮かべ、立ち上がる。
 古い日本住宅に暮らしているといっても、和服を着て過ごす趣味を草加は持っていなかった。コットンのシャツに秋色のチノパンを履いて、普段スーツに戒められた身体をリラックスさせるのが、休日の常となっていた。
 戸襖をやや乱暴に開けると、草加はそこでもう一度恋人の名を呼んだ。
「おい、圭吾。どこだ?」
 だがそれでも、返事は聞こえない。
 どこかへ出掛けたのだろうかとも思ったが、恋人が一人で出掛けるときは、少し先のスーパーに行くのにも必ず声をかけて行くような性格だ。
「圭吾?」
 その姿が居間にもないことを認め、草加はようやく、不審を覚え始める。
 ずっと忙しかったせいか、わずかに眼がかすみ、頭痛までしてくるようだった。そこへ、不意の恋人の消失。
 消失なんて、大袈裟な……と思いつつも、ただ返事がなく姿が見えないだけで、草加の動揺は計り知れない。
 たとえその怜悧な素顔に、その動揺が浮かんでいなくても  
 草加は居間から縁側に出た。
 午後の日差しを浴びた板の上は、ほんのりとあたたかい。
   と。
「まったく……」
 漏れた言葉と溜息は、安堵によるものだ。
 草加の視線の先には、縁側の柱にもたれて居眠りする恋人の姿があった。その膝には、このあたりの野良だろうか。三毛猫が心地よさそうに眠っている。
「おい、風邪をひくぞ」
 やれやれと思いつつ、声をかける。
 先に眼を覚ましたのは三毛猫で、草加の姿を認めると慌てて恋人の膝から飛び降り、庭を駆けて行ってしまう。
「圭吾」
「……ん、草加さ……ん?」
 恋人が寝ぼけ眼を向ける。その表情がぼんやりとブレて見てるのを、草加は疲れ目のせいだと思った。そして、余計な心配をさせたくないと、ごく自然なふるまいをする。
「あれ?」
 何度も瞼を瞬かせて、恋人はそんな草加の表情を見つめる。
 不調を覚られたのかと、草加の胸を不安が過った瞬間、恋人が可笑しげに破顔した。
「草加さん、どこかにぶつかったりしなかった?」
 恋人の問いかけに、草加は眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「だって、眼鏡してないのに」
「あ  
 思わず、声が洩れた。
 羞恥に、目眩を覚えるが、グッと足を踏んばって堪える。
 だが、言い訳の言葉は何も浮かばない。
 眼鏡を外して机に置いた後、そのまま恋人を捜しに書斎を出たのだ。ようやく視界がぼやけたり頭痛の意味を理解して、草加はますます居心地の悪さを覚えた。
「眼鏡なしで家の中を歩けるってことは、草加さん、すっかりこの家に馴染んだってことだね」
 恋人は、草加を嘲笑ったりしない。
「やっと俺たち、この家に……二人の生活に慣れたんだ  
 感慨深げな恋人の言葉に、草加は小さな羞恥を覚える。
 この愛しい思考を、せめて自分と分かち合って生きて欲しい。
 そう願わずにいられなかった。
 秋の日の、週末の昼下がり。
 たまには眼鏡のない生活も、いいかもしれない  
『だが、不便極まりないだろうな』
 すぐに思い返した自分に、恋人のような思考は生涯宿ることはないだろうと、草加はこそりと思ったのだった。



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