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この手の中の恋の一片を

BL作家*四ノ宮慶の商業活動等をお知らせするブログです。

 ある夏の日のオッサンの苦悩

アズ文庫『虎と竜』より、脇役の結城と泰三のお話です。
2人がどうしてこうなったのかは、夏コミの新刊で明らかにできると思います。


 仕事とプライベートはきっちりと区別がつけられていると、自分ではそう思っていた。たとえ目の前で身内が撃ち殺されようが、自分が優先すべきはたったひとりの男だけなのだと。
 それなのに、結城はいま、過去最高に惚けた顔をさらして、自らの体臭の染み付いたベッドの中にいた。
 傍らには、屈託のない寝顔。ぽかんと開けた口の中、不揃いだったすきっ歯は、治療を受けてすっかりきれいに整えられている。
 決して自分のテリトリーに他人を入れたことのない結城が、心酔する藤森に黙って自室の合鍵を渡したのが、今、傍らで眠りこけている御幸泰三だった。
「泰三……?」
 昨夜は確か、藤森を部屋まで送り届けたあと、まっすぐに自分の部屋へ帰ったはずだった。決まった銘柄のビールしか入っていない冷蔵庫から500mlの缶を取り出し、息もつかずに飲み干して、翌日のスケジュールを確認し……それから……。
「ああ、確か泰三が風呂にいて……」
 たった数時間前の記憶さえあやふやになるくらい、余裕なく小さな躯を抱き犯したことを、結城はやっと思い出す。
 昨夜、缶ビールを一気に飲み干した結城は、不意に奥のバスルームに人の気配を感じ、ブラックスーツの下に忍ばせた拳銃を手にした。足音を忍ばせてバスルームの様子をうかがうと、ジャージャーと流し放題のシャワーの音に混じって、なんとかというアイドルグループの歌を歌う泰三の声が聞こえた。
 ……なんだ。
 安堵に全身の緊張を解き、結城は声も掛けずにバスルームのドアを開け放った。
「うわっ、結城さんっ? 帰ったんなら、声ぐらいかけて……」
 湯気にまみれた華奢な躯を目にした途端、結城の頭の中で何かがブツリと切れた音がした。
 お互いの気持ちを確かめ合って、まるでその躯の造りまで確かめるような激しいセックスをした日から、実は一度も触れ合っていない。
自分の劣情を普段は一切表に出さない結城ではあったが、その実、人並み以上に性欲は強いと自覚している。
いつどこで血塗られた事件に巻き込まれるかも分からない日常の中、禁欲の日々を過ごしていた結城に取って、突然目の前に現われた年の離れた恋人の裸体は、一切の理性を吹き飛ばしてしまうには十分過ぎたのだ。
ずぶ濡れになってしまうのも構わず、結城は泰三の小さな躯をタイルの壁に押し付けた。
「ちょっ…、ゆ、結城さんっ!」
 泰三の戸惑う声も耳に入らなかった。ただがむしゃらに自身の昂りを押し付け、欲望の儘に恋人の躯を貫いた。
 そこからの記憶は、思い出すだけでもみっともなくて死んでしまいたくなるほどだった。
「なんてこった……」
 自分の獣っぷりを今更後悔しても始まらないが、どうしても溜息が零れてしまう。
 そして、何気なくベッドサイドの時計を見て、結城は一気に現実の世界へと引き戻された。
「しまった! 寝過ごした!」
 針の指し示す時間に、結城は布団を跳ね飛ばし、ベッドを飛び降りる。
 鍛え上げられた体躯を惜しげなく朝日に晒し、結城はバタバタと出掛ける支度を始めた。
「泰三っ、泰三! 起きろっ!」
 どんなに怒鳴り声をあげても、激しいセックスに疲れ切った恋人は目を覚まさない。
「くそっ!」
 自身の失態に唾を吐きかけたい気持ちに、結城はスキンヘッドの頭を掻き乱した。
 そのとき、肌身離さず身につけていた専用の携帯電話が、けたたましい呼び出し音を鳴り響かせた。
「……ッ!」
 この電話にかけてくる人間は、たった一人しかない。結城が神とも慕う、彼のボスからだ。
 舌打ちをして、結城は通話ボタンを押す。
『おう、結城』
 独特の関西弁のイントーネーションに、結城は顔を顰めた。
「すみません。寝過ごしてしまいました。すぐに出ますので、5分だけお待ち下さい」
 汗と精液と唾液と、もしかすると泰三の涙も浴びているだろう躯をシャワーで洗い流そうと、結城は会話を続けながらバスルームへ向かう。
『いや、今日はええわ』
「は……?」
 予期せぬ言葉に、結城は最悪の事態を思い浮かべた。ふだんは懐も度量も大きなボスだが、気難しい部分も少なからずあった。そんな彼の機嫌を損ねたとなったら、己の首が飛ぶことは容易に想像できたからだ。
『何べんも言わせんな。今日は休んでええって言うてんねん』
「い、いえ……しかしっ」
 結城は訳がわからなくなる。
『昨日の夜は、楽しんだんやろ? 俺からの誕生日プレゼントは、気に入ったか?』
「た……んじょうび?」
『せや。結城、お前……自分の誕生日、すっかり忘れとったやろ。泰三が何か贈りたい言うから、昨日の晩、お前の部屋に行けって言うたんや』
 けらけらと面白そうに告げる声に、結城はただ茫然と立ち尽くした。
『ほんで、俺からのプレゼントは、今日1日の休暇や。好きに使え』
 そう言うなり、あっさりと通話は途切れてしまった。
「……誕生日」
 三十路を超える随分と前から、誕生日を祝うなんていう習慣は持ち合わせていなかった。
 それに、泰三だって、昨夜は何も言わなかったのだ。気付くはずがない。
「……いや、言わせなかったのか」
 自分の昨夜の乱れ様を再び思い起こして、結城は溜息を吐いた。
 降って湧いた、突然の休暇。
 何をして過ごすかなんて、思い浮かぶはずもない。
 この数年間、結城に休暇と呼べる日などたった1日もなかったのだから。

 すっかり気の抜けた結城は、再び寝室に戻ると、すやすやと寝息を立てている恋人の明るい茶髪をそっと撫でた。
 タオルケットにくるまった華奢な躯に、再び劣情を催してしまいそうになって苦笑を浮かべる。
 遮光カーテンを締め切った窓の向こうには、冬枯れの空が広がっているようだ。
「良い天気だな……」
 いつもはサングラスで視界を薄暗くしているせいか、今日は余計に空が明るく感じる。
「なあ、泰三」
 届いてはいないだろう声を、結城は泰三の耳に直接流し込んだ。
「今日は何して過ごそうか……」
 慣れない恋人との休日。
 夏の日に、オッサンの苦悩は続くのだ。



初出は2009年11月9日。冬の日の話だったんですが、夏に変えました。
藤森組シリーズを愛して下さる皆様。
そして、結城と泰三の凸凹コンビを愛して下さる皆様へ。


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